361「ジャノメチョウの産卵」
ジャノメチョウは、チョウ類きっての特異な産卵習性を持つ。卵を食草などに産み付けることをせず、地面に産み落とす「放卵」をするのであ
る。
普通種であるにもかかわらず、これまでその場面を見たことがなかったが、この日、それを観察することができた。ただ、その瞬間を撮影する
ことはかなわなかったが‥。
母チョウは地面から十数センチの葉にとまり、翅を180度に広げてほぼ垂直に静止した。とまっている葉の向かって右側から、曲げた腹部の
先端が見えたと思った瞬間、白い卵を産み落としたのだった。産卵時間は約15秒ほどで、産卵数は1卵であった。
卵は真下の草本の根元に産み落とされていた。仲間の多くが球形に近い卵の形状であるが、ジャノメチョウは饅頭型なのが面白い。あまり転が
らないための工夫なのであろうか。
写真1:産卵態勢の♀ この直後に産み落とされた。
写真2:産み落とされた卵の位置(黄色い矢印)
写真3:卵拡大
撮影:2004.9.11 東筑摩郡
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写真1(ジャノメチョウの産卵態勢の♀)
写真2(産み落とされた卵の位置(黄色い矢印))
写真3(卵の拡大)
362「ウスバツバメガ」
昼間、ふわふわとチョウのように飛ぶガ、「ウスバツバメガ」が安曇野の山麓で発生している。
一昨年から幼虫を見かけていたが、昨年は成虫の飛翔が確認された。今年は5月下旬〜6月初旬にかけて、昆虫クラブの子供たちも、食樹(サ
クラ)を離れて地表を歩く幼虫を何匹か見つけている。
愛知県以西に分布するという暖地系の種で、信州中部での発生は少なかったと思われる。年1回の発生であることと、今年の発生状況を見ると越
冬は明らかである。
この日、羽化直後と思われる個体と、産卵態勢に入った雌の2匹を目撃した。このうち産卵態勢の雌は、サクラの枝から枝に飛び回り、一旦止
まるとしばらくは枝伝いに歩き回る、という行動を繰り返していた。産卵と思われる場面は確認できなかった。
この周辺の池では、ここ数年で、長野県では稀にしか見られなかったネキトンボがすっかり定着している。ウスバツバメガの出現で、気になる
虫がまた一つ増えた。
写真1.2:2004.9.11 写真3:2003.6.8 いずれも安曇野
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写真1(ウスバツバメガ1)
写真2(ウスバツバメガ2)
写真3(ウスバツバメガ幼虫)
363「消えたオオイチモンジの幼虫」
高山蝶オオイチモンジは大型のタテハチョウで、食樹であるドロノキやヤマナラシの生える渓谷に生息している。7月下旬、思いがけずもドロ
ノキの幼木が点在する、オオイチモンジの発生地を見つけた。そこは河原の一角に広がる砂礫地で、ドロノキをはじめとするヤナギ類の低木が
点在していた。
ドロノキは30mの高木になるが、母チョウは高木よりむしろ、まだ幼く丈の低い食樹に好んで産卵するように思われる。
今回は15匹を超える幼虫を見つけたが、すべて高さ30cm〜2mほどのドロノキについていた。
その時見つけた幼虫は1〜2齢で、主脈の先に糞を利用して作った塔の上に見出された。周辺の食樹のほとんどに幼虫がついており、今度は越冬
の巣づくりの時期に訪れることにした。
そして9月下旬、現地を訪れて愕然とした。丹念に探せども幼虫が見つからないのだ。天敵等の影響も考えられるが、たった1匹も見つからな
いとは腑に落ちない。
よく見ると、ドロノキの枝に鋭利な刃物で切り取られた跡が複数ついていた。オオイチモンジの幼虫を狙った採集者によるものだろうか。
少なからず持ち去られたことは間違いない。来年の羽化までの観察を楽しみにしていただけに、帰りの足取りは重かった。
写真1:アンテナに止まる若齢幼虫 2004.7.31 南安曇郡
写真2:2齢幼虫 2004.7.31 南安曇郡
写真3:刃物で切り落とされた跡の残る枝(後方に巣の痕跡)2004.9.26
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写真1(オオイチモンジの幼虫1)
写真1(オオイチモンジの幼虫2)
写真1(切られたドロの木)
364「ニホンザル」
今年の夏、一人で上高地を歩いていたときのこと、林道を曲がったところでニホンザルの集団に出会った。やり過ごそうと進路を譲ると、これ
がまた大きな集団で、次から次へと現れては通り過ぎてゆく。警戒の声をあげながら通り過ぎるものもいれば、手の届きそうなところを悠然と
歩いて行くものもいる。
中には集団に遅れることを承知なのか、子ザルの毛づくろい(グルーミング)をする母ザルもいた。私が近くにいることを気にする様子もない。子
ザルの表情は穏やかで、なんともほほえましい。同じ霊長類としての親近感はどうしても湧いてくる。
しかし、野生動物との付き合い方は難しい。共存のためのルールを徹底しないと、待っているのは彼らとのトラブルである。人馴れしつつある
サルたちの姿に、一抹の不安を感じたのであった。
写真:2004.7.22 上高地
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写真1(ニホンザル1)
写真2(ニホンザル2)
写真3(ニホンザル3)
365「ヒメアカタテハ異常型」
秋も深まり、平地で見かけるチョウの種類もずいぶん減ってしまったが、それだけに、この時期元気な種はよく目につく。モンキチョウとヒメア
カタテハがその代表格であろうか。まだ真新しい翅のものも多く、アカツメクサやコウゾリナなどの花の蜜を求めて活発に飛び回っている。
そんなチョウたちの撮影を楽しんでいたところ、見慣れないチョウに目を奪われた。この夏、安曇野でも多くの発生をみた暖地系のチョウ、ツ
マグロヒョウモンかと思ったが、どうも様子が違う。近づいて見て、それがヒメアカタテハの斑紋異常型と判った。
前翅の黒と白の斑紋の一部が消失しているのだが、まるで別種のように見えてしまう。こうした異常型にはそうそうお目にかかれるものではな
いだけに、無我夢中でシャッターを切った。
写真1.2:ヒメアカタテハ異常型
写真3.4:ヒメアカタテハ正常型 いずれも2004.10.24 安曇野にて
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写真1(ヒメアカタテハ異常型1)
写真2(ヒメアカタテハ異常型2)
写真3(ヒメアカタテハ正常型1)
写真4(ヒメアカタテハ正常型2)
366「モンキチョウの飛翔」
古来、「越年蝶(おつねんちょう)」といえばモンキチョウのことを指したようであるが、実際には成虫越冬できないとされる。しかし、晩秋に
舞うチョウの代表格がモンキチョウであることは確かで、春もいち早く出現し、成虫越冬したタテハチョウなどに混じって飛び回ることを思え
ば、越年蝶と呼ばれたのもうなずけよう。昨年は安曇野でも12月中頃まで成虫を見ることができた。
晴れ渡った秋の休日、コウゾリナなどの花に来るモンキチョウの飛翔撮影を楽しんだ。雌ばかりなのは、ゆったりと飛ぶし近づいても逃げない
からで、私の未熟な撮影技術でも写せるのが何より嬉しい。
モンキチョウが晩秋の陽だまりから消えるとき、安曇野にも本格的な冬が訪れる。
写真:2004.10.11 安曇野
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写真1(モンキチョウ1)
写真2(モンキチョウ2)
写真3(モンキチョウ3)
367「秋の屋敷林」
快晴となったこの日、雪化粧をしたばかりの常念岳を背景に、紅葉の残る屋敷林がいっそう映えていた。
安曇野における屋敷林は、主に南や西からの強い季節風から家屋を守るために植えられたとされる。樹種は、針葉樹ではスギ・ヒノキ・アカマ
ツ、落葉樹ではケヤキ・クリ・エノキ・カエデ類・カキなど多様であるが、ことにケヤキの大径木の多いことが特徴であろう。屋敷の屋根より
はるかに高く枝葉を広げ、数百年の時を刻んできた姿には圧倒される。
また、こうした屋敷林は、猛禽などの鳥や、コウモリ類・ムササビなどの獣の貴重な棲み家にもなっている。
いつまでも残ってほしい安曇野の原風景のひとつである。
2004.11.17 三郷村内
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写真1(屋敷林1、下長尾)
写真2(屋敷林2、楡)
写真3(屋敷林3、中萱)
写真4(屋敷林4、下長尾) 写真5(屋敷林5、中萱)
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368「台風は熊捕ったせい?」
今年、日本列島に上陸した台風は10個に及び史上最多という。これまでの記録は6個だったというから、今年の多さは異常というほかはない。
台風と時を同じくして、自然界の話題で注目されたのは「熊」である。毎日のようにクマの出没がニュースになり、遭遇して怪我をした人も後
を絶たなかった。
クマが頻繁に人里に現れる原因については諸説あるようだが、共通しているのは「餌不足」である。マスコミに登場する専門家の意見の中で、
これは、と思ったものは、@カシノナガキクイムシという外来甲虫が、ミズナラなどのクマの餌となる樹に穿入し、広範囲にわたり枯らせてし
まう。日本海側に多いという。A度重なる台風の通過で、ミズナラなどのドングリが落ちてしまい、クマの餌がなくなった、などである。
そんな折、母が口にした言葉にはっとした。「亡くなったぱあちゃんがよく『台風が来るのはクマ捕ったせいだ』っ
て言ってたよ。」
単なる迷信なのかも知れない。だが、自然と共に暮らした昔の人たちの視点が興味深く、台風とクマの因果関係を言い当てているようにも思え
る。
しかし、クマの写真が撮りたくて、せっせと山道に車を走らせた私には、ついぞその姿を見せてくれることはなかった。ただ、代わり映えのしな
い風景写真だけがたくさん残ったのだった。
写真1:2004.10.1 有明山を望む 写真2:2004.9.30 明科町
写真3〜5:2004.10.29大町市
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写真1(有明山)
写真2(長峰原)
写真3(紅葉1)
写真4(紅葉2)
写真5(ダケカンバ)
369「クロスズメバチ」
11月に入ってからは、クロスズメバチ(すがれ)の撮影に時間を費やした。この時期、巣を離れ陽だまりに群れるフタモンアシナガバチの数もめっ
きり減る時期なのに、山麓の土手に作られたクロスズメバチの巣は、出入りするハチでにぎやかであった。
撮影を続けるうちに、巣の中から何かを運び出す作業が行われていることに気づいた。どうやら死んだ幼虫や蛹らしい。クロスズメバチの生態に
詳しい方からお聞きしたところ、「巣の中にいる新女王バチやオスバチが、残されている幼虫を食糧とし、あとの死骸を働きバチが運び出して
いるところではないか」とのことであった。
終盤の幼虫たちは「餌」となって次の世代の命を紡ぐのである。
写真:2004.11.7〜14 安曇野
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写真1(クロスズメバチ1)
写真2(クロスズメバチ2)
写真3(クロスズメバチ3)
写真4(クロスズメバチ4)
写真5(クロスズメバチ5)
370「国営公園観察会」
昨年7月にオープンした「国営アルプスあづみの公園」には、来場者のために体験型のプログラムが用意されている。解説役は「公園パートナー」
の皆さん。安曇野の民俗や自然をテーマに、工夫を凝らした内容で来場者を迎えてくれる。
先日、私も参加した自然観察会では、ミヤマカラスシジミの卵(クロウメモドキ)・ヤママユの繭、キジラミの1種、などが確認されたが、緑色
のクロヒカゲの越冬幼虫がいたのには驚いた。
幼虫は、地面に付きそうに垂れるシナノザザの葉裏に、吐いた糸で「座」を作り、じっと止まっていた。通常、クロヒカゲは、ササ類などの根際や
落ち葉の下で越冬することが知られ、食草の葉裏での越冬は非常に少ない*1という。また、長野県では褐色の幼虫が主で、緑色は少ないことが知ら
れる*2。このまま越冬できるか見守りたいところだ。
マツの葉を揺らして飛ぶ、極小の小鳥に目がくぎ付けになった。聞けば「キクイタダキ」という、体重6グラムの日本最小の鳥とのこと。頭に
菊色を戴くことから付いた名だという。舌を噛みそうな名だが、物忘れに悩む私には、このようなインパクトのあるネーミングはありがたいの
である。
*1 チョウ類生態研究家 浜 栄一先生のご指摘
*2 原色日本蝶類生態図鑑W
写真1:観察会風景 写真2:キジラミの1種 写真3:クロヒカゲ越冬幼虫
写真4:キクイタダキ
撮影:2004.2.11 国営アルプスあづみの公園にて
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写真1(観察会風景)
写真2(キジラミの一種)
写真3(グロヒカゲ越冬幼虫)
写真4(キクイタダキ)
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